Rubyだけの生活をしようと思って、その通りになった-そう、島根ならね。

プログラマー野坂 秀和[東京都からIターン]

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学生にプログラミングを指導中の野坂さん

今回は「島根県に行ったUIターンエンジニアの本音を聞く会」(2020年1月11日[土]13:30~16:20)にゲスト参加し、皆さんに島根県への移住体験や今の生活などについてお話をしていただく野坂秀和(のざか ひでかず・44歳)さんをご紹介します。

東京でのご経歴

野坂さんは鳥取県米子市のご出身。2007年に東京から島根県にIターンし、現在松江市の(株)ネットワーク応用通信研究所(NaCl)に勤務されています。

地元の米子高専(米子工業高等専門学校)を卒業後、東京の大手IT企業に就職。主にプログラミング言語Rubyで、企業向けのヘルプデスクの窓口業務システムの構築やメンテナンス、および社内のシステムエンジニアとして活躍されました。

約20年前といえばRubyはまだ黎明期。初期のバージョンで社内システムを構築するのはかなりレアケースだと思われますから、野坂さんは筋金入りのRubyist(ルビイスト=Ruby言語を使用する人のこと)です。

Iターンのきっかけ~移住まで

大手IT企業なら将来は転勤で帰郷も可能かな?と思っての就職でしたが、同じ考えを持つ同僚が多く、「将来は地元に帰りたい人ばっかりで、この競争には勝てそうにない」と心が折れてしまったとか。

情報処理システムでいうところの「待ち行列」に打ち勝てなかった野坂さん。帰郷を考え始めた頃、島根でRuby City MATSUE Projectが始まり、JR松江駅前にオープンソースラボが開設されます。

このニュースを見た野坂さん「へぇ~こんなものが島根に出来たんだ」と思ったそうです。調べてみると、Rubyの開発者が『まつもとゆきひろ』さんで「あれ、同じ米子育ちの方だ(笑)」と。Rubyを扱いながらご存じなかったとはちょっと意外でした。

この後の野坂さんの行動が早かった!同時にNaClの存在を知ると早速コンタクトを取り、東京で社長直々の面接を取り付け、採用されると即、島根に移住されました。

東京で転職する選択肢は?と問えば、「たぶんRuby City MATSUE Projectに出会うことが無ければ帰ってくることは無かったと思います。行政の『Ruby推し』のおかげで自分は帰郷できたと思います」とキッパリ。「米子ではRubyのスキルを発揮できなかっただろうし、Rubyが無ければ米子のどこかのIT企業に就職していたかも知れません」とかなりの『Ruby愛』を語ってくださいました。

では、東京に未練は無かったのですかと問えば、「帰郷ターンを考え始めた頃はインターネットも普及していたので、東京でなければできないことも減ったと感じました。だから帰郷の思いも強くなったのかもしれません。それにこの頃、ITエンジニアとしてスキルアップを図ろうと大学院で学び直していたらお金が無くなっちゃって…『東京暮らしキツイな~』と(笑)」

ITエンジニアライフ@島根

こうしてNaClに入社されてからは毎日がRuby三昧。これまでRuby一本でシステム開発を手掛けられ、野坂さんが思い描いていた理想的なITエンジニアライフが続いているそうです。

プライベートでは松江のサッカーチームの熱心なサポーター。半分スタッフのような2重生活をされ、遠征試合ともなればボランティアカメラマンとして、全国各地の試合会場に自ら車を運転して駆けつけるという猛者でもあります。

さらに野坂さんは他の顔もお持ちです。スモウルビーという島根発のビジュアルプログラミングツールで、県内の学生らにプログラミングの楽しさを教えていらっしゃるほか、島根県主催の「Ruby合宿」の講師業を第1回目から10年近く続けられるなど、後進育成にも積極的に携わっていらっしゃいます。

1/11(土)に会ってみませんか?

野坂さんはかなりのお話好き。Ruby愛や後進育成への想い、そしてちょっぴりサッカーの事など、果たして時間が足りるかわかりませんが、「島根県に行ったUIターンエンジニアの本音を聞く会」(2020年1月11日[土]開催)の会場で、野坂さんからの熱い「言葉のシュート」を受け止めてください!

島根に行ったUIターンエンジニアの
本音を聞く会

第3回 2020年1月11日(土)13:30~18:00